Wahl+Case

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チャレンジャーバンクをめざすKyashの創業者が描く「お金の未来」とは?(前編)

様々な決済サービスが次々に登場するなど、キャッシュレス社会に向けてフィンテック分野が盛り上がりを見せています。

今回Wahl+Caseでインタビューさせていただいたのは、ウォレットアプリ「Kyash」を提供している株式会社Kyash CEOの鷹取真一さん。2019年より、APIを開放してパートナー企業が迅速・安価にVisaカードを発行できる「Kyash Direct」の事業も展開しています。「価値移動のインフラを創る」というミッションをもとに、革新的なサービスを生み出す起業家・鷹取さん。記事の前編では、Kyashのめざす世界観や起業に至った経緯を、そして後編では、仕事の醍醐味や今後のビジョンを中心にお聞きしました。

――Kyashが手掛ける2つの事業の特徴を教えてください。

1つは、2017年4月にローンチした、個人ユーザー向けのウォレットアプリ「Kyash」です。誰でもスマホのアプリ上でVisaのプリペイドカードを発行でき、クレジットカードやデビットカードなどからチャージすると、Visaに加盟しているネットショップでの決済や、友人や同僚などへの送金ができるようになります。あえてひと言で言えば、「誰もが簡単につくれて、すぐに使えるVisaカード」です。また、2018年6月からは、リアルカードの提供を開始し、Visa加盟店の実店舗でも決済できるようになりました。リアルカードは、クレジットカードやデビットカードと同じように使えて便利なんです。

もう1つが、2019年4月に発表した、企業向けの決済プラットフォーム「Kyash Direct」。Visaからカードの発行ライセンスを取得したことで、弊社がカードの発行主体となり、自社ブランドでのカード発行を望む企業のサポートが可能となります。企業が自分たちのブランドでオリジナルのカードを顧客へのサービスとして持ちたいというニーズは、少なくないんです。カード発行自体を希望するというよりは、グローバルな決済ネットワークを活用できるという要素が大きいです。そこでこれまで培ってきた技術を活用して、KyashのAPIを企業へ開放し、カード発行や決済機能などをワンストップで提供するサービスを展開することにしました。Visaの決済ネットワークを利用できるため、利用可能店舗は国内外で5,390万と圧倒的な数を誇っています。

――スタートアップ企業がカード発行のライセンスを取得するというのは、高いハードルをクリアされたのだと思います。利用企業のメリットは何ですか。

メリットは3つあります。1つ目は、Kyash Directの利用企業が支払い原資を、銀行預金、与信、売上金、自社のカードのポイントなど、柔軟に指定できることです。

2つ目は、これまでよりも圧倒的な低コストと早いスピードでサービスのローンチが可能ということ。迅速なサービスローンチが可能になるということは、その分、時間的・費用的なコストを抑えられることを意味します。

そして3つ目は、通常システムベンダーが担う決済処理システムの提供を、自社開発で行っているため、柔軟なプラットフォームを設計できることです。前述した決済時に充当する支払い原資をカスタマイズできるということも、Kyash Directが柔軟な設計が可能であるということの特徴でもあります。

――世の中の現金によるストレスをなくし、お金をなめらかに移動させられる「価値移動のインフラ」を構築するというミッションに、共感しました。Kyashの事業は企業や社会にどのようなインパクトを与えていくのでしょうか。

ユーザーが真に求めている金融システムは何か。この問いを間接的にユーザーに投げかけることで、「Bank(銀行)」ではなく「Banking(銀行取引業務)」が求められていることを明らかにできるのではないかと思っています。実は海外では、BankとBankingは明確に区別されている概念なのです。Bankが実際、どこかに建てられた、実体ある銀行というイメージ。それに対してBankingは銀行が行う機能や業務だけを抜き出したイメージです。これだけスマホ、インターネットが普及した世界で、一部では「そもそもBankって、本当に必要なんだっけ? スマホで済むBankingだけでいいんじゃない?」という声も上がっているのは事実です。既存システムの延長ではなく、ユーザーのニーズを起点にしたプロダクトを開発し、それを広めることで金融システムや社会的価値観の変容が起きていくと考えています。

――「Kyash」の世界観を思い描き、起業しようと思ったきっかけは何でしたか。

新卒で三井住友銀行へ入行し、在籍した5年間に法人営業と経営企画を担当しました。経営企画では海外拠点の設立に携わりました。そこで感じた課題意識がいまにつながっています。

具体的なきっかけの1つは、2011年3月11日の東日本大震災。銀行では義援金口座を開設し、支援を募りました。ですが、寄付金を送るときの手続きが非常に煩雑だったため、途中で離脱してしまった方もいたのではないか。手続きがもっと簡単ならば、「支援したい」という気持ちを、すぐに「送金」というアクションにつなげられると考えました。

もう1つのきっかけは、海外拠点設立の際です。各国の法規制を調査するなかで、日本の金融システムがいびつであることを知りました。アメリカなどでは、銀行がクレジットカードを発行でき、何にいくら支払ったのかを即確認できます。一方、日本では、銀行とクレジットカード会社の管轄省庁も、準拠する法律も異なっている。何に支払ったかの把握と、残高の把握というアクションに分断が起きていて、利便性に欠けているのです。

こうした自らの体験から、「銀行が役割を果たせていないのではないか?」「解決されていない、お金にまつわる課題が多すぎるのではないか?」「お金の不都合を減らして、お金を進化させたら、人々はもっと自由になれるのではないか?」そんなことを想い、自らの課題意識につながっていったのだと思います。

リアルタイムでの残高や明細の確認、決済までワンストップで完結できる仕組みがあれば、もっと便利になる。そのために、お金にまつわる体験をよりスムーズに提供する「価値移動のインフラ」を構築できないかと考えるようになりました。

その後、2社目のコンサルティング会社を経験し、モバイルシフトやオムニチャネルなど、デジタル戦略の最前線に携わるなかで、「ネットとモバイルがあれば、めざす世界観をつくれる」と、実現の手段が具体化されていったのです。

――鷹取さんはもともと起業しようと考えていたのですか。

親類が飲食業を営んでいたこともあり、起業に限らず、「自ら価値を生み出して、笑顔を増やす」ことに価値を感じていて、自分もそういった存在になりたいと小さな頃からずっと思っていました。ただ、自分が起業するということまでは思い至っていませんでした。まずは色々な業態にふれてみたいと考え、ファーストキャリアに金融業界を選びました。そこで、起業につながる金融業界の課題が見えました。社会にとっても重要なこれらの課題に突き当たったときに、起業という選択肢が頭に浮かんだのです。「この課題に熱狂的に取り組めるのは自分しかいないのではないか?」と。私にはどこか生き急いでいる面があって、いま、エネルギーがあるときに突っ走って取り組みたいという思いから、起業に踏み出すことになりました。

――「Kyash」や「Kyash Direct」のような新しい世界観を構想し、実現に導いていくうえで、活きているスキルや経験はありますか。

両親が海外の留学生をホストファミリーとして受け入れていたため、子供の頃から色々な国の留学生と接してきたことでしょうか。日本では当たり前となっている慣習や習慣に、彼らはどんどん質問してくるのです。「なぜ日本ではチップを渡さないの?」というように。その経験から、何が常識なのかは人や環境、時代によって異なることを実感しました。「これがこう変わるともっと便利になるのでは?」などと、現状をゼロベースでとらえる思考が身についたように思います。

あとは、アメリカに留学していたときに、さまざまな文化的背景をもった留学生に出会ったことも影響しています。渡米直後に9.11が起き、宗教の存在意義についても考えさせられました。世の中の常識を「当たり前と思わない」という姿勢は、私たちのサービス設計でも活きています。例えば、間接マージンの存在を当たり前と思わず、そこにかかるコストをもっと他の部分の投資に回そうという発想もそうです。

――「Kyash」の世界観をステークホルダーたちに伝え、彼らを巻き込んでいく際に役に立った経験や意識されたことは何ですか。

いまでこそフィンテックという言葉が浸透し、銀行とベンチャー企業との提携も増えています。ですが、起業当時の2015年頃はそうではありませんでした。

そんななかパートナーシップの締結などにおいてプラスに働いたのは、金融業界にいた経験です。誰の承認を得られれば話が進むのかを、肌感覚として知っていましたし、業界の勢力図や提携したい組織のキーパーソンなどを把握しやすかったのはよかったですね。例えば、最初にパートナーシップを組むことになったVISAの場合も、コンタクトをとる際は、Kyashと組む現実的なメリットがわかる材料をそろえ、「どういう環境がそろっていたら、先方は真剣に話を聞いてもらえるのか?」を考え抜きました。

後編につづく)