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患者と薬剤師をつなぐ、医療業界の革新的サポーター ~誰もが必ず通る場「薬局」の位置づけを変革~(前編)

株式会社KAKEHASHI 代表取締役CEO 中尾 豊さん日本の医療を取り巻く課題を解決するにはどうすればいいのか? 医療分野での「薬局」に注目して新しい風を吹かせようとしているのが、2016年に立ち上がった株式会社。事業の柱として開発を進めているのが、機械学習とデザインの力を掛け合わせ、薬剤師をサポートする完全次世代型の電子薬歴のMusubi。株式会社KAKEHASHIの創業者であり代表取締役CEOの中尾 豊さんは、武田薬品工業株式会社にてMRとして活躍され、医療業界とりわけ薬局業界の課題と可能性に直面したといいます。起業にあたっての課題意識や、Musubiの特徴、医療業界にスタートアップが参入することの可能性などをテーマにインタビューさせていただきました。

中尾さんは日本の医療に課題意識を持つようになった背景をお聞かせください。

遠隔医療がスタートし始めている一方、医療用医薬品を処方してもらうには「対面での服薬指導」が必須とされています。つまり、患者さんは診察を受けたあとに、必ず薬局を訪れる。その回数は8億枚の処方箋枚数の内、薬局を通るのがざっと年間5億6000万回もあり、その回数分薬剤師と患者さんは対面しているのです。ところが患者さんにアンケートを取ってみると薬局のイメージは「お薬をもらう場所」と認識されており、せっかく薬局を通るのに患者さんにとって新たな気づきや変化を得るケースが少ないのは明らかにもったいないと感じるようになりました。あとは、私個人の体験ですが、薬剤師である母が私の薬剤管理だけでなく、食事や睡眠などの生活の指導もしてくれていました。病気の時も何度も何度も救ってくれた経験があります。まさに厚労省が「患者のための薬局ビジョン」で宣言している「かかりつけ薬剤師」そのもの。私のように近くに薬剤師がいる経験をしていると、その恩恵の価値に気づきやすいですが、生活をしている中での薬剤師との距離感はすこし違うものがありました。ここがより近づくと温かい世界が生まれると思い、医療と患者を繋げるカケハシ、医療と未来を繋げるカケハシになろうとKAKEHASHIという会社を創業しました。

薬剤師さんと患者さんの距離感がある原因は何ですか。

業務量と業務性質に課題があると思っています。沢山の薬剤師さんにお会いしていると本当に素晴らしい活動をしている薬剤師さんが多く、何度も感動した経験があります。しかしながら、薬局の舞台裏をずっと見学させていただいていると、まさに数秒を争うくらいの忙しさを目の当たりにしました。薬の調剤、監査、薬歴作成といった「対物」業務の負担が重くのしかかっているからです。これらを軽減しないと、患者さんにアドバイスをするといった「対人」業務を割く余裕は生まれません。もう一つは、薬剤師は副作用が生じる飲み合わせを防ぐという、医療安全のゲートキーパー的な大事な役割の業務性質です。その価値が残念ながら患者さんには気付かれづらい。「何も起こらないこと」が薬剤師の業務性質上とても重要だからです。何も起こらなかったことを達成したとしても患者さんは薬剤師さんのおかげと気付きづらく、どの薬剤師さんなら自分のかかりつけに適しているかを判断しづらいのです。ただこれからは患者さんにとって気付きやすい価値を提供しなければいけないとも感じています。

こうした現状をKAKEHASHIはどう変えようとしているのでしょう? 

この薬歴作成を圧倒的に効率化させて、患者さんと対話する時間を生み出すこと、そして対話の中で、食事や運動や睡眠方法など、その患者さんが普段の生活でイメージしやすい健康アドバイスを、より効果的に伝えるとよいのではと考えています。そうすれば薬局を通る患者さんの健康意識が少しずつ変わる可能性が生まれると考えたのです。全国に約6万店ある薬局の役割が変わっていけば、あらゆる疾患の未病だけでなく、生活習慣病の重症化予防、医療費増大を抑えられるので、社会的意義は非常に大きいと考えています。冒頭にお伝えした「5億6000万回」患者さんに新たな気づきを伝えられたらその価値は図り切れません。その点で「薬局が変われば日本の医療が変わる」と本気で思っております。そして薬剤師も患者さんから感謝されて、より大きなやりがいを感じられる。これができれば誰もがハッピーになり、日本の医療の課題解決につなげられる。こうした考えから、完全次世代型の電子薬歴としてMusubiの開発をスタートさせました。

Musubiの特徴を教えてください。

患者の問診票と処方箋データを照らし合わせて、その患者さんに合った服薬指導内容候補が自動的に表示されます。薬剤師が実際に指導した文をタッチすると、薬歴として自動変換し登録される仕組みです。また、患者さんの疾患やアレルギー、年齢、検査値や、季節、過去の処方、薬歴といった情報を参照し、機械学習によって、より一人一人の患者さんに応じた生活習慣のアドバイスコンテンツが医学的信憑性の高いガイドラインや論文を元に表示されます。なのでその患者さんの生活に寄り添ったアドバイスをしながらも、投薬と同時に薬歴の大部分が完成している仕組みになっています。近い将来においては、その患者さんが訴えうる症状なども予測して、会話をしながらワンタッチで記録していけるようにしていきます。大事なのは、より具体的で、患者さんが日常的に取り入れられる内容を一言で伝えられること。例えば、「冬季は温かくして心筋梗塞を予防しよう」というように。専門用語は使わずにイラストをつけるなどして、いかに患者さんに親近感を持って伝えられるかを意識しています。また、整腸剤を飲んでいる方に「お腹に優しいもの食べてください」ではなく「お肉を食べたい時はササミがお勧めです」と具体的な方法を伝えれば、「なぜなの?」と会話のきっかけになって、薬剤師と患者さんとの間に会話が生まれ、関係を築きやすくなる。薬局には待っている方もいますし、長話をすればいいというのではなく、Musubiはたった5秒あれば、健康を維持するために「今日から何を意識したらいいか」を伝えられます。Musubiのコンセプトは、「5秒のハッピーな対話の時間を提供する」なんです。薬局で多くの患者さんが「有難う」と言う文化を作れた時こそが、私達の存在意義が生まれた瞬間です。

これほど画期的で、現場のニーズに根差したサービスを生み出せたのはなぜでしょうか。

200名以上の薬剤師の方々にヒアリングを行い、ビジネスプランを練っては、会う人にピッチして磨き直す、というのを繰り返していました。薬局の価値を最大化するための新たな事業をやるなら、まずは、とことん薬剤師のニーズを知らなければいけないと思ったからです。ある大学病院の薬剤部長を起点に、いろいろな先生方をご紹介していただき、本音でフィードバックしていただけるような信頼関係を構築していきました。また、薬剤師さんの働く「現場」を徹底的に観察したことがキーになっていると思います。現場を見学する中で、薬歴が残ってしまう要因はオペレーションの構造上の欠陥からくるものだと気づいたのです。普段薬剤師は、患者さんの話をメモに残して、業務が一段落してからシステムに登録します。これだとどうしても記入の業務が溜まっていき、抜け漏れが生じかねない。また業務後に記録をすると記憶もまちまちなので、記録としての正確性も曖昧になる。そこでMusubiでは薬歴記入を投薬時に記録を残せるようにすることで、現場の課題を解消できるという発想を得ました。 

後編につづく