Liftoffカントリーマネージャーに聞く、Liftoff躍進を支えた組織文化とは?(前編)

 
Kota Amano
 

~天野耕太さんのキャリアの軌跡を追う~

モバイルアプリマーケティングとリターゲティングのためのプラットフォームのLiftoff(リフトオフ)。インストール後のユーザーデータを使用して、アクション単価でユーザーの獲得・保持の実現をめざします。同社はカリフォルニア州パロアルトに本拠地を置き、東京、ニューヨーク、ロンドン、パリ、シンガポールといった拠点から、世界をリードするアプリのパブリッシャーやブランドと手を組み、ビジネスを展開しています。

Liftoff Mobile株式会社のカントリーマネージャーに就任し、日本および韓国のビジネスを担当するのが、天野耕太さんです。Overtureおよびヤフーにおいて配信メディアネットワーク拡大に寄与。その後、InMobiの日本事業立ち上げ、Criteoを経て2017年より現職に。天野さんのキャリアの軌跡とともに、Liftoffの成長を支える同社の組織文化についてお聞きしました。


今回のインタビューでは主に、天野さんのキャリア、Liftoffの成長を支える組織文化についてお聞きしたいと思います。まずは自己紹介をお願いできますか。

現在は、Liftoff Mobile株式会社のカントリーマネージャーとして、日本および韓国のビジネスを見ています。Liftoffはパフォーマンスベースでモバイルアプリマーケティングおよびリターゲティングを行うプラットフォームです。本拠地はカリフォルニア州パロアルトにあり、まさにテック産業の中心地のカルチャーといえる外資系で、モバイルアプリに特化したマーケティングというポジションをとっています。

この業界でカントリーマネージャーを務める方々の王道といえば、外資系企業を渡り歩いているキャリア。ところが、私の場合、それとは全く違うキャリアの出発点です。よく後輩たちには「わらしべ長者」みたいなキャリアだと話しているほどです。

それはどのようなキャリアを歩まれてきたのか、ますます気になります。天野さんは新卒のときからネット広告の領域に興味がおありだったのでしょうか。

もともと学生時代はWebデザイナーをめざして就職活動をしていました。ですが、WEBディレクション未経験者を採用してくれる会社はなかなかありません。そんななか私を採用してくれたのは、とあるガラケーのベンチャー企業でした。思えばチャレンジ採用だったのでしょう。社長と事務職の社員の方、派遣社員の方々だけという環境で、企画も経理も契約まわりも全部自分でやらないといけない。非常に勉強になりましたね。

Kota Amano

あるとき、社長に営業の仕事もやるように命じられました。当時は正直なところ、きちんとスーツを着て営業職として働くことに乗り気ではなかった。けれども、スーツをカッコよく着こなし、颯爽と働いているトップセールスの方と出会ってから、営業職の捉え方が前向きなものになりました。その後取引先となったのが、検索連動型広告大手で、アドテクノロジーのパイオニアとして知られるOvertureでした。私が出会ったときにはもう規模も大きくなっていましたが、モバイルは今後伸びる領域だと考え、ご縁があって転職を決めました。

転職後に待っていたのは、よい意味でのカルチャーショックです。ドメスティックな会社からカリフォルニアを拠点とする外資系企業の日本法人への転身でしたから、当然ながら社風もガラッと変わりました。会議でも専門用語が飛び交い、行われる議論もハイレベル。まずはOvertureの社風や仕事の進め方を真摯に学び、それを自分のものにしながら結果を出したい、という思いでしたね。

当時はOverture日本法人がヤフージャパンと統合するタイミング。PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)の渦中に身を置き、配信メディアネットワーク拡大に尽力しました。色々なバックグラウンドをもつ方と出会えましたし、新しい文化にふれて数多くの刺激を受けました。ヤフーには強力な同窓組織がありますが、それにくわえて過去の同僚たちとの強いつながりもでき、それが今も続いています。私たちの業界は、転職がある種、業界全体の部署異動くらいの感覚なんだと思います。もちろん競合企業に転職していく仲間もいますが、切磋琢磨してこの業界の成長を共にめざしていく関係性ととらえています。

天野さんが変化を楽しみ、仲間とのつながりを大事にし続けていらっしゃるのが伝わってきます。その後InMobiへ移られた経緯についてもお聞かせいただけますか。

Kota Amano

時を経て2008年、日本でiPhoneが登場した頃、実に印象的なエピソードがありました。Yahoo!BBの提供を共同で進めていたソフトバンクの孫正義さんが、ヤフー社内で従業員を集めて、こんなふうに力強く語られたのです。「これからの時代はiPhoneになる。スマホシフトを全力で進めていく」。この講話を運よく目の前で聞いていた私は、その熱を感じ、時代の変化を感じられる最前線に立ちたいと思うようになった。そこでご縁があり、インド発のスマホ広告ベンチャーInMobiに参画し、日本事業立ち上げに携わることになりました。最初はマンションの一室からのスタートで、黎明期のスマートフォン広告業界を肌で感じられ、大いに刺激を受けました。その後はフランスに拠点を置くリターゲティング広告会社のCriteoへ。配信ネットワーク部門と営業部門のそれぞれを統括し、キーパブリシャーとの戦略的パートナーシップを築いてきました。

天野さんは2017年、Liftoff Mobile株式会社のカントリーマネージャーに就任されました。このキャリアを選ばれた理由は何でしたか。

これまでは人から誘われて新たな会社に移ることが多かったんです。ただ、キャリアの次のステップを考えたとき、諸先輩方が経験していたカントリーマネージャーのような、より全体を統括する役割に挑戦したいという思いがありました。そこで、エージェントに登録し、紹介されたのがLiftoffです。

入社前に、APACを統括するマーク・ヘイル氏とディスカッションをする機会を得ました。そこで伝わってきたのが、Liftoffが日本という市場を戦略的に非常に重視しているということでした。また、日本での計画は決めておらず、カントリーマネージャーとしてライトパーソンを見つけてから、その人と一緒に計画を練っていきたいという姿勢に感銘を受けました。この「人」の魅力が、Liftoffのカントリーマネージャーというキャリアを選んだ決め手でもあります。その後、日本での戦略を自ら立て、ファウンダーであるマーク・エリス氏にプレゼンテーションする機会を得られ、自分がこの責務を担うイメージがどんどん現実化していきました。

(後編に続く)


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松尾美里
日本インタビュアー協会認定インタビュアー/ライター

Attunedのブログ記事作成を行う傍ら、株式会社フライヤーにて経営者、著者へのインタビューを行う。 現在、自身のライフミッションとして「キャリアインタビューサービス」の活動を行う。面白い生き方の実践者に話を聞き、その魅力を発信している。 また、70名の生き方をまとめたブログ「教育×キャリアインタビュー」の著者でもある。