MITメディアラボでAIの新たな可能性を切り拓くクリエイター兼起業家

Emotion Intelligenceの創業CEOとしてシリーズAまで導いた桑山 礎(くわやま はじめ)さん。MITメディアラボFluid Interfacesにて2018年1月からリサーチ・アフィリエイトとして研究をスタートさせました。データ解析・AIシステム企画・開発、スタートアップメンター、クリエイターなど、独自性の高い活動を幅広く行っています。現在のキャリアに至るまでの道筋をお聞きしました。

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まず、桑山さんがEmotion Intelligenceを起業された経緯は何だったのでしょうか。桑山さんはもともと起業志向があったといいます。

「大学時代は、当時はまだデータマイニングなどと呼ばれていた機械学習を専攻し、中古商品の将来価格予測の研究をしていました。いったんは外資系石油探査技術会社に就職しましたが、『インターネットが普及して10年以上経過した。そこで生まれた大量のデータを活用して何ができるのか』を考えるようになり、面白いメンバーとアイデアを探していたのです。そんなとき、スタートアップ系のコワーキングスペースなどを通じて、後の創業メンバーとなる面白い仲間に出会いました。」

あるとき、その仲間の一人が、桑山さんがECサイトで買い物をする様子を見て、こう気づいたそうです。「マウスの挙動や閲覧パターンの変化などから購入意欲などを測定できるんじゃないか。」そこからECサイトのデータ分析をマーケティングに活かすZenClerkの開発をスタート。2012年に起業に至りました。

ZenClerkのアプローチは、Emotion I/Oという、人の気持ちを解する技術により、ユーザーの無意識の行動から「説得可能な瞬間」を特定し、購買意欲を高めるというものです。例えば、あるページで何度もマウスを動かしている場合は、そのページ上の商品購入に興味があると考え、「今ならこの商品に10%割引クーポンが使えます」というように、効率的にユーザーにクーポンを配布できます。こうしてブランドイメージを毀損することなく、ECサイト上の収益最大化をめざせます。

桑山さんは「ゼロからイチを作る」フェーズに面白さを感じており、ZenClerkは2016年時点で流通総額600億円以上、累計で700社以上の企業が利用するまで成長を遂げました。

ただ、事業が軌道に乗るにつれ、ゼロからイチを追求する起業家から、ある程度の規模の企業をさらなる成長に導く経営者へと変遷することが求められていきます。桑山さんにとって、その過程での学びは大きかったものの、「何か新しいことを再びゼロイチでやってみたい」という気持ちがふくらむ一方だったといいます。今後のキャリアを考え、Emotion Intelligence のCEOを退任し、海外を回ることに決めた桑山さん。海外ではどのような経験をされたのでしょうか。

「ヨーロッパやアメリカ、トルコ、今後さらなる経済成長が期待されるケニア、ルワンダ、タンザニアなどを、1年半かけてまわりました。(※注1)特定の企業や研究にコミットしていない時期なら、できるだけ様々な刺激にふれて、色々試行錯誤したほうがいい、と思ったんです。自分がやれること、やりたいことと、世の中で今後求められるものとの重なりを探していく旅でした。

この時期にやっておいてよかったのは、文学を読むこと。ジョージ・オーウェルが監視管理社会を描いたSF小説の名作『1984年』やハックスリーの『すばらしい新世界』などに感銘を受けました。次の10年先の未来に何をするかを考えるには、過去100年分の歴史をさかのぼる必要がある。そのためには過去の名著を読むことが近道だと考えたのです。普段とは異なる環境に身を置いていたからこそ、読書を通じて自分自身と対峙できたと思っています」。

(注1:世界銀行の報告によると、2015~17年で、ケニア、ルワンダ、タンザニアの経済成長率は年率5.4%を超える伸びになると見込まれている。)

その中で、今後のキャリアを考えたときに桑山さんが一番しっくりくると感じた選択肢が、MITメディアラボでした。

「メディアラボは主に表現とコミュニケーションに利用されるデジタル技術の教育、研究を専門とする、言わずと知れた個性集団です。もともとEmotion Intelligence創業時に、メディアラボ所長の伊藤穰一さんが共同創業者であるデジタルガレージの起業支援を受けていたことから、メディアラボは身近な存在でした。中でもFluid interfaceのラボはAIとVRを駆使した最先端の研究ができる。AIとVRは今後社会に与えるインパクトが大きい分野です。」

桑山さんが今後進めていくプロジェクトは、AIを駆使した英会話学習アプリの開発です。

「親しみやすい外国人の顔をしたアバターが英会話の練習中に励ましてくれたり、フィードバックをくれたりするといったアプリです。AIとVRによって、この感情表現を伴うインタラクションをより豊かにすることで、『学習を楽しく継続する』という行動変容を起こしやすくするのが目標です。英会話の相手が人間だと、失敗を恐れがちですが、AIのアバターなら、そうした心配をせずに練習に集中できます。

ある行動をインプット、ジャッジメント(判断)、アウトプットと3つに切り分けるとします。これまでAIの活用が進んでいる領域は、インプットとジャッジメントがほとんどでした。例えば画像認識や音声認識はインプットで、自動運転で『ここで停止すべき』と判断するというのはジャッジメントにあたる。一方、アウトプットでのAI活用はまだまだ発展の余地があると考え、そこでイノベーションにつながる研究や開発がしたいという思いがありました」。

メディアラボでのプロジェクト以外にもクリエイターとして精力的に活動する桑山さん。2017年には、ELPISというARアプリを開発し、Hacking Arts 2017 artist awardを受賞しています。

「ELPISは、アーティストとファンの間に、より感情的結びつきのある関係を構築するためのアプリです。YouTubeのようなビデオストリーミング配信を楽しむだけでは、ファンは受け身すぎる。じゃあコンサートやライブに足を運べば、アーティストとより密接に交流できるけれども、コストがかかって足を運ぶ機会はどうしても限られてしまう。その間をうまく埋めるために開発したのがELPISです。CDジャケットに特別なQRコードを載せ、ユーザーがELPISで読み取れば、ARでアーティストのライブを見ることが可能になります。」

ELPISが広まれば、アーティストとファンの交流を、より手触り感のあるものにしてくれることはまちがいないでしょう。ELPISをはじめ、今後の活動・制作実績は桑山さん個人のサイトでアップデートされていく予定です。今後の桑山さんの活動に目が離せません。